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第4話 雨宿り

ผู้เขียน: 菊池まりな
last update วันที่เผยแพร่: 2026-07-30 21:30:06

説明会から一週間、篤の姿を見ることはなかった。

有紗は店の仕込みをしながら、自分がどこかで彼を待っているような感覚に、時折戸惑った。あんな言い方をしたのだから、気まずくて当然だ。むしろ、もう店に来ないほうが自然なのかもしれない。そう思おうとするたびに、心のどこかがちくりと痛んだ。

その日は、朝から怪しかった空が、昼過ぎに本降りになった。有紗は店先の鉢植えを慌てて軒下に避難させていたところで、傘も差さずに走ってくる人影に気づいた。

「わっ、篤くん?」

「すみません、近くにいたら降られて……ちょっとだけ、いいですか」

篤はずぶ濡れの資料鞄を庇いながら、店先に飛び込んできた。有紗はとっさにタオルを差し出す。

「ばか、風邪ひくよ。奥、上がって」

「いや、店先で大丈夫。仕事中だし」

「濡れたままの人を店に置いとくほうが困るの。座って」

有紗は少し強引に、店の隅にある小さな作業台の椅子に篤を座らせた。タオルで髪を拭く篤を横目に、湯気の立つお茶を淹れる。手を動かしていないと、二人きりの気まずさに耐えられなかった。

「この前は、ごめん」

篤が先に口を開いた。

「有紗の言う通りだった。持ち帰ります、で終わらせるのは、無責任だったと思う」

「……ううん。わたしも、ちょっと言い過ぎたかなって、あとで思った」

「いや、言われて当然のことだった。俺、現場の人の生活のこと、頭ではわかってるつもりで、実は全然わかってなかったんだと思う」

有紗は湯呑みを篤の前に置いた。窓の外では、雨が商店街のアーケードを叩き続けている。

「篤くんって、変わってないね」

「そう?」

「昔からそう。ちゃんと自分が悪いと思ったら、ちゃんと謝る人だった」

篤は少し照れたように視線を逸らした。その仕草も、十年前と同じだった。

「有紗こそ、変わってないよ。というか……前より、はっきり物を言うようになった気がする」

「そうかな。昔は、言いたいこと全然言えなかったから」

言ってから、有紗ははっとした。十年前のことを、思わず

匂わせてしまった。篤の表情がわずかに動いたのを見て、慌てて話を逸らそうとした。

「あ、そうだ、この花、見て」

有紗はカウンターの端に置かれた小さな花瓶を指した。淡い紫色の小花が、いくつも束ねられている。

「これ、忘れな草っていうの。今日ちょうど仕入れたばかりで」

「忘れな草……」

「花言葉、知ってる?」

篤は首を横に振った。有紗は少しだけ、いたずらっぽく笑った。

「『私を忘れないで』」

篤が黙り込んだ。有紗も、なぜこの花の話をしてしまったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、十年間ずっと、心のどこかにしまい込んでいた言葉が、思いがけない形で顔を出してしまった気がした。

「……有紗」

「あ、雨、弱くなってきたね」

有紗はわざと窓のほうを見た。篤が何かを言おうとしていたのを感じたが、今はまだ、その続きを聞く覚悟ができていなかった。

篤も、それ以上は踏み込まなかった。湯呑みのお茶を飲み干し、立ち上がる。

「ありがとう、助かった。また来るよ」

「うん。仕事、頑張って」

篤が出ていったあと、有紗は忘れな草の花瓶をしばらく見つめていた。雨上がりの光が、小さな紫の花びらに反射している。

十年前、言えなかった言葉。今も、まだ言えない気持ち。

──でも、少しずつ、何かが動き始めている。有紗はそんな予感を、誰にともなく胸の内で呟いた。

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